ランボー 最後の戦場
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たった今観てまいりました「ランボー 最後の戦場」でございます。この映画はベトナム帰りのランボーが暴れ回るというランボーシリーズの最新作にして最終作…、かどうかは怪しいのですが、まあ久しぶりの続編なのでシルベスター・スタローン大好きの私としては当然公開初日に観に行ったわけですよ。
噂には聞いていたのですが、とにかく全編えげつない描写に満ちています。よく戦争映画はその表現のリアルさにおいて「プライベート・ライアン」以前と以後に分けられると言いますが、この映画も「プライベート・ライアン」以後の映画らしく、戦闘シーンでは凄まじい銃声や爆発音、カメラは揺れ揺れで臨場感をかもし出し、大口径の銃で撃たれたり爆発で吹っ飛ぶことによって簡単に人体が破壊されて行く様子がこれでもかとカメラに映し出されて行きます。(多分ですが)スピルバーグはリアルな戦場を観客に体験させようとこういう描写を行なったのですが、スタローンはそれに加えて彼自身の主張を込めて真正面から戦場の残酷さを描いて行きます。
お話はミャンマー付近で隠居していたランボーのところにボランティアの人たちが来て、武力弾圧されている人たちに薬などを届けたいので危険地帯へ船で運んでくれと依頼しに来るところから始まります。ここでのスタローンの抜け殻のようなくたびれっぷりがシリーズ最初から観ている人の涙を誘うことでしょう。2で刑務所に入っていたり、3でなぜかフリーファイターとして闘争本能を発散させていたのより、さらに惨めです。生きる目的もなく、死ぬ理由もなく、全てに絶望しきったように無為に日々を消費しているのです。ボランティアの人たちも彼がランボーという歴戦の勇士だと知って依頼に来たわけではありません。ただ地理に詳しいと人に推薦されたからです。
そうです。この映画の物語は2や3のように軍から依頼されて始まるわけではないのです。個人的に頼まれ、それでも一度は断ったランボーですが、サラという女性の熱意に心動かされたのか、彼らをミャンマーのある村まで送ります。途中海賊と一悶着あってランボーが全員撃ち殺してしまい、それで平和主義者のボランティアたちとちょっと揉めたりとか、いろいろあったものの、とりあえず無事に仕事は終わるのですが、案の定、その村が軍隊に襲われ、白人たちはさらわれてしまうのです。
彼らを救出するために傭兵部隊が送り込まれるのですが、その道案内としてランボーが再び雇われるのです。道案内だけで済むはずがありません。自らも彼らを送り届けた責任がある以上、ランボーもやはり戦うことを決意するのです。これは2や3とは違い、彼個人の戦いであるという点で、一作目に非常に近い感じがします。
ランボーがナタ(と言うのでしょうか、でっかいナイフみたいな刃物)を作りながら自問自答するシーンはもうストイックすぎます。まるで古代の神に仕えた戦士のようです。本当に彼には戦いしかないようですね。
救出ミッションからのお話は実は凄くシンプルです。2のような二転三転する展開はありません。人質(なのか?)を助け出し、追っ手を撃退して終わり、という何とも単純なお話なのです。だから上映時間も短いです。しかし戦闘描写の迫力が凄いので物足りないという感じはしないでしょう。でも私自身はクライマックスの戦闘があと1時間続いても飽きずに観られたと思います。
クライマックスの戦闘は本当に凄まじいので注意して下さい。手足がバラバラになり、頭が吹っ飛びます。とにかく虐殺のオンパレードです。戦争という行為は互いが互いを虐殺する行為なのだとよく分かります。ヒーローであるランボーも相当ヒドいことをやっているのだということを避けずに描いています。なぜこんなグロい描写が必要なのかというと、やはりサラたちをはじめとする平和主義者たちの目の前で行なわれる戦闘がさながら地獄のようであるだろうということを観客にも伝えるためなのでしょうね。ここでランボーはきれいごとだけで世界は変わらないということを、敵を虐殺することで身をもって示しているようです。平和主義者たちを偽善だと責めるのではなく、本当に戦う覚悟があるのか?と問いかけているようです。映画前半は会話シーンも多かったのですが、後半はほとんどセリフがなく、アクションと表情だけで全てを表現しています。スタローンが監督としてここまでの領域に達するとは正直驚かされました。
だからと言ってただリアルなだけではありません。リアルさだけを追究すると「ヒストリー・オブ・バイオレンス」のようにカタルシスとは無縁のものになるのでしょうが、そこはスタローンですから力技でヒーロー映画としてのカタルシスも描いて行きます。その結果どうなったかというとこれはサム・ペキンパーの映画になりました、という感じです。まさしくラストの大決戦は「ワイルド・バンチ」か「戦争のはらわた」かという印象がしました。特にスタローンがでっかい機銃(銃にはうといので名前は知りません。とにかく飛行機でも撃ち落とせそうなやつ)で、敵を撃ちまくり、バラバラに吹っ飛ばして行くところなどは21世紀の「ワイルド・バンチ」だと思いました。あんなもので人を撃っていいのでしょうか。さらにトラックでやってきた敵の援軍を正面から機銃で撃って荷台の兵士たちがボンボン吹っ飛んで行くところなどはカタルシスと可哀想という気持ちとあまりの残虐さに圧倒された気持ちと全部がごちゃまぜになってなんか意味も無く笑えてきて、この感覚はああサム・ペキンパーだなあと久しぶりに思ったものです。ただしスタローンにその意図があったかどうかはよく分かりません。これらの描写は一つ一つが計算されているというよりも、勢い余ってこうなってしまったという気がします。とにかく凄いものを観ました。
そんなこんなで最後の戦場で虐殺ショーを繰り広げ、ランボーは故郷に帰ってきます。唐突だなと思う方もいるかもしれません。ストーリーがないと言う人もいるかもしれません。これは第一作を観てから観た方がよく分かると思います。殺人マシーンにされ、ベトナムで戦ってきた男が、祖国に帰ってきても受け入れられず、新たな戦場を求めて戦うしかなかった、そんな彼が遠回りしたあげく、ようやく帰ってきたのです。これは一作目から劇場で観ている人にとっては感動ものです。もちろんその感動をわざとらしく盛り上げる演出も無く、サラッと終わるところがいいところなんですが。
しかしここまで自らの主張を映画に叩き付け、なおかつエンターテインメントとして成立し、脚本も監督も主演までしてしまうというシルベスター・スタローンの才能が正当に評価される日は来るのでしょうか…。きっとこの映画も真面目な映画ファンからは黙殺されるでしょうし、強烈な残酷描写のせいで一般ファンは引きまくるでしょうし、その孤高な戦いぶりが主人公であるランボーの姿とダブって見えるのはきっと私だけではないでしょう。



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