生まれてから今まで観てきた映画全部

タイトル通り、生まれてから今まで観てきた映画全部についての感想を述べたいと思います。

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ウルフガー

Author:ウルフガー
業界の末端に携わっている映画好きです。名前の由来は「ナイトホークス」より、ルトガー・ハウアー扮するテロリストから勝手に頂きました。

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ランボー

ランボー『ランボー最後の戦場』劇場公開記念スペシャル・プライス版(初回限定生産)ランボー『ランボー最後の戦場』劇場公開記念スペシャル・プライス版(初回限定生産)
(2008/04/23)
ブライアン・デネヒーリチャード・クレンナ

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そんなわけで「ランボー」でございます。一作目です。原題は「FIRST BLOOD」と言いまして、最初の血、どちらが先に手を出したか、みたいな意味らしいです。しかしアメリカではこの地味なタイトルのせいで興行的に奮わなかったのではないかと言われ、邦題にならって2作目からはランボーの名前が入るようになりました。

と言っても日本でもめちゃヒットしたというわけではないようです。お正月映画だったのですが、同時期公開にスピルバーグ監督の「E.T.」がありましたので、そちらにお客さんが流れたようでした。しかし私は「E.T.」は観ずに「ランボー」を観ることにしました。「E.T.」はなんだか観る気がしなかったのです。スピルバーグ好きの私にしては珍しく、今に至っても観ていません。

そんなことより「ランボー」です。とにかくアクションが凄いという話を聞きましたので、ワクワクしながら劇場に行ったのですが、痛快なアクションというより、リアルなバイオレンスがひたすら衝撃的だった印象が強いです。まず冒頭からして何があるわけでもないのです。ランボーが町にきたら、パトロールしていた警官に職務質問され、態度が不審なのでしょっぴかれてしまうところから話は始まります。

そのうち警官たちの仕打ちは激しくなり、どうやらベトナム帰りらしい主人公は戦場の記憶をフラッシュバックさせ、ついにキレて逃げ出してしまうわけです。確かにアクションは激しいです。でも警官がやりすぎたと言ってもランボーの反撃はさらに激しいのです。カッコいい! などと言って浮かれて観る気分にはなれませんでした。何ともやりきれないムードが漂っています。そんなムードは山を捜索していた警官たちが罠にかかるシーンで頂点に達しました。木の杭が足に突き刺さり、身動きできず、助けを求めて叫ぶのです。もう私の気分は完全に警官たちに同情的です。もともと悪いのはブライアン・デネヒーです。なのに部下たちがこんな目にあって、何とも理不尽な思いで観ていました。

そんなランボーに対し、州兵が出動してきたり、だんだんと争いは激しさを増して行きます。前半のゲリラ戦からエスカレートし、ヘリコプターや爆発、マシンガンの乱射など、アクション映画としての見せ場が充実して行くと、私も安心して観れるようになりました。しかし勧善懲悪な物語では決してありません。しまいにはブライアン・デネヒーとの一騎打ちで、ついにランボーがデネヒーを仕留めるかという展開になります。ここで撃ち殺してランボーが勝ってもさすがに喜べません。どうなるかと思っていたらかつての上司トラウトマンが現れ、ランボーを説得するのでした。

私はちょっと意外に思いました。スタローン主演のアクション映画なのに、クライマックスがバトルシーンではなく、彼の泣きの芝居なのです。しかし凄い熱演です。ベトナムから帰ってきても仕事なんか無いんだ、という話から始まり、戦友が地雷に吹っ飛ばされ、その足が見つからないと叫ぶ一連の演技は圧巻です。何度も書いてますが、本当にシルベスター・スタローンは役者として過小評価されていると思います。ここで語られる戦場の悲惨さは「ランボー 最後の戦場」に通じるものがあります。映像で見せていないだけで、すでにあのような地獄絵図をランボーはベトナムで体験してきたのです。それなのにアメリカという国は俺たちに何もしてくれない、というこれは魂の叫びなのです。ひとしきり心情を吐露するとランボーはやはり連行されて行きます。そこで例の歌がかかって終わり、なのですが、かなり後味の悪い映画だと思ってしまいました。単なるアクション映画とは思えません。

歳を取って再見するたびにその思いは強くなって行きます。見返すとブライアン・デネヒーの気持ちも分かるようになっていくのです。デネヒーとしては市民を守る責任があり、不審者に対して毅然とした態度を取るのは仕方のないことです。もちろんランボーもこんな仕打ちを受けてキレるのは無理もないところです。ランボーを育てたトラウトマンこそが真の悪ではないかとも思えますが、彼にしても自らの職務に忠実なだけで、またランボーの唯一の理解者であることは間違いありません。この映画は誰が正義で誰が悪と単純に分けられるようなお話ではないのです。

聞く所によるとスタローンは「タクシー・ドライバー」を観て「こんな映画を作ってはいけない。もっとベトナム帰還兵に理解ある映画を作らなければ」と思って「ランボー」を製作したそうです(ごめんなさい「ディア・ハンター」だったかも)。しかしテーマに真摯に取り組むことによって、根底に流れるものは「タクシー・ドライバー」とそう違わないものになってしまいました。ひょっとしたらそのリターン・マッチとして「ランボー/怒りの脱出」以降を作ったのかという気もしてきます。

後に単純でマッチョなヒーローアクションをランボー映画と揶揄するようになりましたが、この一作目にはそのような要素はありません。ひたすらリアルで痛ましい暴力描写に満ちています。確かにランボーは強く、暴れ回るのですが、痛快というよりも悲しい姿に見えます。さすがにこれでは悲惨すぎたと思ったのか、次回作ではこのランボーがヒーローとなって帰ってきます。ちょっと方向転換しすぎとも思えるのですが、その話は次回に譲ることにしましょう。

スクワッド/栄光の鉄人軍団

88年に作られたベトナム戦争映画「スクワッド/栄光の鉄人軍団」(ビデオタイトル「地獄の軍団スクワッド」)について書きたくなりました。それもこれも「ランボー 最後の戦場」を観たせいだと思います。ひょっとしたらしばらく戦争映画の感想が続くかもしれません。

「フルメタル・ジャケット」でおなじみのリー・アーメイが主演とテクニカル・アドバイザーを務めたこの映画、なんだか凄そうだと思いながらも劇場では観れず(確か近所でやっていなかった)、ビデオになった時に速攻で借りてきて兄貴と一緒に観たのですが、「プラトーン」以降に量産された一連のベトナム戦争映画とは全く違うノリに唖然としてしまいました。

リアルさよりも激しさ、反戦のメッセージなどほとんどなく、と言って好戦的というのでもなく、とにかく目の前に敵がいるから殺らなきゃ殺られる的な思想に貫かれています。しかし前線の兵士にとってはそれは当たり前のことで、リー・アーメイの思う戦争映画とはこれなのでしょう。私は砦を包囲されてガンガン攻められるところで、戦争映画というより西部劇に近いものを感じました。後の「スターシップ・トゥルーパーズ」の敵が人間版みたいなものです。

そんなとんでもない映画ですから、当時の批評家からはもちろん黙殺されまして、全然評価らしい評価はされてないのですが、しかしこれ戦争映画としてはかなりの傑作だと私は思うのです。

戦闘シーンが何とも独特です。もちろん現在の戦争映画のようにエフェクトにCGを多用して人体破壊をふんだんに見せるということはまだ出来ない時代です。しかし人間がコマのようにしか考えられていない扱いと言いますか、戦場における情け容赦の無さは見事に表現されています。普通味方の誰かが撃たれたら「スティーブ!!」とか言いながら(ごめんなさい名前は適当です)仲間が駆け寄ったりするものですが、そんなの一切ありません。ただただ味方が撃たれ、敵を撃ち、数の面で優勢になれば前進し、黙々と命の消費が続けられていくのです。私と兄貴はそれを観ながら「本当の戦争ってのは案外こうなのかな」と呟いたのでした。

お話も普通ではありません。リー・アーメイがとにかくキレてます。現地の人が基地に近付いてくるのを平気で機関銃で撃ちます。何をするんだと思っていたら、次の瞬間大爆発を起こし、人間爆弾だったことが分かったり、本当にベトナムってそんなだったのかは分かりませんが、かなり強烈です。また無能な指揮官を敵の攻撃を装って殺したりもします。オリバー・ストーンだったら戦場の狂気というか、そういった問題意識を提起するような描き方をするのでしょうが、アーメイは生き残るため当たり前のようにやるのでちょっと度肝を抜かれます。

そうかと思うとベトナム側の指揮官のドラマもちゃんと描いていて意外にバランス感覚に優れている面もあります。全体を通してやっていることは過激なのですが不快になるということはなく、妙に真摯な作りに見えてきたりもします。残酷なのは戦争そのものであって、それをリアルに描けば当然こうなるという考えなのかも知れません。観終わった後はちょっと感動すら覚えるほどです。

当たり前ですがDVDなんてものは出ていませんので、レンタルビデオで…、と言っても最近置いてあるお店も少なくなりまして観るのに苦労するかも知れません。私もまた久しぶりに観たいのですが、どこに行けばあるかな…。

ランボー 最後の戦場

たった今観てまいりました「ランボー 最後の戦場」でございます。この映画はベトナム帰りのランボーが暴れ回るというランボーシリーズの最新作にして最終作…、かどうかは怪しいのですが、まあ久しぶりの続編なのでシルベスター・スタローン大好きの私としては当然公開初日に観に行ったわけですよ。

噂には聞いていたのですが、とにかく全編えげつない描写に満ちています。よく戦争映画はその表現のリアルさにおいて「プライベート・ライアン」以前と以後に分けられると言いますが、この映画も「プライベート・ライアン」以後の映画らしく、戦闘シーンでは凄まじい銃声や爆発音、カメラは揺れ揺れで臨場感をかもし出し、大口径の銃で撃たれたり爆発で吹っ飛ぶことによって簡単に人体が破壊されて行く様子がこれでもかとカメラに映し出されて行きます。(多分ですが)スピルバーグはリアルな戦場を観客に体験させようとこういう描写を行なったのですが、スタローンはそれに加えて彼自身の主張を込めて真正面から戦場の残酷さを描いて行きます。

お話はミャンマー付近で隠居していたランボーのところにボランティアの人たちが来て、武力弾圧されている人たちに薬などを届けたいので危険地帯へ船で運んでくれと依頼しに来るところから始まります。ここでのスタローンの抜け殻のようなくたびれっぷりがシリーズ最初から観ている人の涙を誘うことでしょう。2で刑務所に入っていたり、3でなぜかフリーファイターとして闘争本能を発散させていたのより、さらに惨めです。生きる目的もなく、死ぬ理由もなく、全てに絶望しきったように無為に日々を消費しているのです。ボランティアの人たちも彼がランボーという歴戦の勇士だと知って依頼に来たわけではありません。ただ地理に詳しいと人に推薦されたからです。

そうです。この映画の物語は2や3のように軍から依頼されて始まるわけではないのです。個人的に頼まれ、それでも一度は断ったランボーですが、サラという女性の熱意に心動かされたのか、彼らをミャンマーのある村まで送ります。途中海賊と一悶着あってランボーが全員撃ち殺してしまい、それで平和主義者のボランティアたちとちょっと揉めたりとか、いろいろあったものの、とりあえず無事に仕事は終わるのですが、案の定、その村が軍隊に襲われ、白人たちはさらわれてしまうのです。

彼らを救出するために傭兵部隊が送り込まれるのですが、その道案内としてランボーが再び雇われるのです。道案内だけで済むはずがありません。自らも彼らを送り届けた責任がある以上、ランボーもやはり戦うことを決意するのです。これは2や3とは違い、彼個人の戦いであるという点で、一作目に非常に近い感じがします。

ランボーがナタ(と言うのでしょうか、でっかいナイフみたいな刃物)を作りながら自問自答するシーンはもうストイックすぎます。まるで古代の神に仕えた戦士のようです。本当に彼には戦いしかないようですね。

救出ミッションからのお話は実は凄くシンプルです。2のような二転三転する展開はありません。人質(なのか?)を助け出し、追っ手を撃退して終わり、という何とも単純なお話なのです。だから上映時間も短いです。しかし戦闘描写の迫力が凄いので物足りないという感じはしないでしょう。でも私自身はクライマックスの戦闘があと1時間続いても飽きずに観られたと思います。

クライマックスの戦闘は本当に凄まじいので注意して下さい。手足がバラバラになり、頭が吹っ飛びます。とにかく虐殺のオンパレードです。戦争という行為は互いが互いを虐殺する行為なのだとよく分かります。ヒーローであるランボーも相当ヒドいことをやっているのだということを避けずに描いています。なぜこんなグロい描写が必要なのかというと、やはりサラたちをはじめとする平和主義者たちの目の前で行なわれる戦闘がさながら地獄のようであるだろうということを観客にも伝えるためなのでしょうね。ここでランボーはきれいごとだけで世界は変わらないということを、敵を虐殺することで身をもって示しているようです。平和主義者たちを偽善だと責めるのではなく、本当に戦う覚悟があるのか?と問いかけているようです。映画前半は会話シーンも多かったのですが、後半はほとんどセリフがなく、アクションと表情だけで全てを表現しています。スタローンが監督としてここまでの領域に達するとは正直驚かされました。

だからと言ってただリアルなだけではありません。リアルさだけを追究すると「ヒストリー・オブ・バイオレンス」のようにカタルシスとは無縁のものになるのでしょうが、そこはスタローンですから力技でヒーロー映画としてのカタルシスも描いて行きます。その結果どうなったかというとこれはサム・ペキンパーの映画になりました、という感じです。まさしくラストの大決戦は「ワイルド・バンチ」か「戦争のはらわた」かという印象がしました。特にスタローンがでっかい機銃(銃にはうといので名前は知りません。とにかく飛行機でも撃ち落とせそうなやつ)で、敵を撃ちまくり、バラバラに吹っ飛ばして行くところなどは21世紀の「ワイルド・バンチ」だと思いました。あんなもので人を撃っていいのでしょうか。さらにトラックでやってきた敵の援軍を正面から機銃で撃って荷台の兵士たちがボンボン吹っ飛んで行くところなどはカタルシスと可哀想という気持ちとあまりの残虐さに圧倒された気持ちと全部がごちゃまぜになってなんか意味も無く笑えてきて、この感覚はああサム・ペキンパーだなあと久しぶりに思ったものです。ただしスタローンにその意図があったかどうかはよく分かりません。これらの描写は一つ一つが計算されているというよりも、勢い余ってこうなってしまったという気がします。とにかく凄いものを観ました。

そんなこんなで最後の戦場で虐殺ショーを繰り広げ、ランボーは故郷に帰ってきます。唐突だなと思う方もいるかもしれません。ストーリーがないと言う人もいるかもしれません。これは第一作を観てから観た方がよく分かると思います。殺人マシーンにされ、ベトナムで戦ってきた男が、祖国に帰ってきても受け入れられず、新たな戦場を求めて戦うしかなかった、そんな彼が遠回りしたあげく、ようやく帰ってきたのです。これは一作目から劇場で観ている人にとっては感動ものです。もちろんその感動をわざとらしく盛り上げる演出も無く、サラッと終わるところがいいところなんですが。

しかしここまで自らの主張を映画に叩き付け、なおかつエンターテインメントとして成立し、脚本も監督も主演までしてしまうというシルベスター・スタローンの才能が正当に評価される日は来るのでしょうか…。きっとこの映画も真面目な映画ファンからは黙殺されるでしょうし、強烈な残酷描写のせいで一般ファンは引きまくるでしょうし、その孤高な戦いぶりが主人公であるランボーの姿とダブって見えるのはきっと私だけではないでしょう。
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