生まれてから今まで観てきた映画全部

タイトル通り、生まれてから今まで観てきた映画全部についての感想を述べたいと思います。

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ウルフガー

Author:ウルフガー
業界の末端に携わっている映画好きです。名前の由来は「ナイトホークス」より、ルトガー・ハウアー扮するテロリストから勝手に頂きました。

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グロリア

グロリア グロリア
ジーナ・ローランズ (2007/04/04)
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
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ジョン・カサヴェテス監督、ジーナ・ローランズ主演の「グロリア」です。私としてはここにビル・コンティ音楽の、と付け加えたい気分です。そのくらい音楽が素晴らしい映画です。

まず中学生くらいの時期でしょうか、テレビで何度かやっているのを軽く見て、といっても最初から最後まで観たわけでなく、何となく観た気分になっていました。それで世間では「レオン」が公開されることになって、私も当時はリュック・ベッソンとか普通に好きだったものでしたから、「レオン」の下敷きが「グロリア」であることをどこかの記事か何かで聞きかじって(本当のことを言うとどちらも「子連れ狼」が下敷きらしいんですけど、この辺は私はよく分かりません。そういう話があったということです)、あれ「グロリア」ってそんな話だったっけと興味を持ち、ビデオを借りてきてあらためて観たわけです。

そしたらやっぱり話としては同じようなものでした。アフロアメリカンの家族がギャングに皆殺しにされて、幼い少年だけが、同じアパートに住むグロリアに助けられます。グロリアはヤクザの情婦か何かでしたっけ? とにかく裏の世界のことも知っていて、でも厄介ごとには関わりたくない態度のカッコいいおばさんです(お姉さんと書いた方がいいのかな?)。最初は少年のことも知らん顔したかったのですが、だんだんと情が移っていく感じがいいです。

それで少年を連れて逃げつつ、組の連中と戦うのですが、そこまで派手なアクションがあるわけではないのですが、グロリアが強いというか、ちょっと手に負えないタイプの人間ですので、観ていて痛快です。まだ交渉の最中だろ、そこで撃つなよというタイミングで銃を撃ったりします。ちょっと相手にしたくない感じの人で、そこらへん組の男たちが尻込みする感じも分かります。キモが座っているという表現が一番しっくり来るでしょうか。

これ舞台はニューヨークでしたでしょうか。町並みのリアルさはさすがだなと思わされます。変な例えですが、80年代の映画なのに70年代のような空気感が漂っています。そんなグロリアと少年の逃避行ですが、いよいよクライマックスで、もうグロリアも生きては戻れないかも、みたいな雰囲気を漂わせつつ、最後の対決というか交渉に向かい、墓地で少年と待ち合わせの約束をします。

ここで観ている方はいろんなことを思います。私はグロリアは死ぬのだなと思いました。グロリアが死んで、少年は一人で生きていくみたいな勇気をもらってエンディングなのだ、と。なんとなくそれまでに漂っていたリアルな演出から考えてそうなりそうな予感がしたのです。ですから私はラストでちょっと泣いてしまいました。普通だったらおいおい都合良すぎだろう、とかどうやって助かったんだよとか思うところを、ビル・コンティの音楽とスローモーションにやられてしまったのです。

このエンディングが無くてもいい映画なのですが、「グロリア」はこのエンディングによって私の中では殿堂入りと言ってもいい映画になりました。「レオン」は殿堂入りしていないのですが、その理由はやはり終わり方の違いにあります。単にハッピーエンドに弱いということなのかも知れません。

コンタクト

コンタクト 特別版 コンタクト 特別版
ジョディ・フォスター (2006/12/08)
ワーナー・ホーム・ビデオ
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故カール・セーガン博士の原作をもとにした壮大なSF大作「コンタクト」です。SFと言っても現代を舞台にしたリアルな考証に基づいたお話です。もし今の人類が知的生命体とコンタクトしたならば、という仮定を描いたお話です。

カール・セーガンと言えば昔やってました「COSMOS」という科学番組でお馴染みですが、私もよく見ていました。大好きでした。これもDVDで出て欲しいところです。そんなわけで私の大好きなカール・セーガン、ロバート・ゼメキス、ジョディ・フォスターと揃えば、見ないわけには行きません。劇場で観て感動して3回くらい観たでしょうか。私にとってはほぼ文句をつけるところがない映画です。ちょっと長いですが、飽きるということはありません。ジョディ扮する科学者の半生を描くには必要な長さだと思います。

まず冒頭から度肝を抜かれます。宇宙に浮かぶ地球がどんどん遠ざかり、カメラは太陽系を出て、銀河系を出て、という宇宙の広大さを表すワンカットのシークエンスが凄いです。その宇宙は最後にエリーという少女の瞳に集約されます。エリーは少女時代から宇宙と交信することを夢見て、お父さんの教えの通り、無線などやったりして育ってきました。そして大人になったジョディ扮するエリーは、地球外生命体からの通信を傍受するプロジェクトに関わっています。この辺ていねいに描いているんですが、タルいと思う人は結構いるようですね。私は宇宙とかが好きなので興味深く見れました。

政治的な問題もあったりで、なんだかんだの末、ある金持ちの実業家から資金をもらい、充実した設備で研究していたところ、本当に地球外からの通信が入ります。そりゃもう地球は大騒ぎで、その通信を解読し、それが輸送システムだと分かると、また実業家の力を借りてそのシステムを完成させ、それによってエリーは宇宙へと旅立つのでした、って要約するとシリアスなSFのはずなのに、結構荒唐無稽に聞こえますね。観ている間は現実的に思えるのですが。

とにかくいろいろな面白さがつまっています。人類は孤独ではない的なメッセージがもちろんテーマなのでしょうが、感動だけを狙った演出にとどまらず、最初に宇宙からのメッセージを受信するところはもの凄く盛り上がりますし、一機目の輸送システムがぶっ壊れるシーンのスペクタクルも大迫力です。さらに絶望したジョディに例の実業家が、輸送システムはもう一台あるぞ、と呼びかけるシーン。そしてそれが日本の北海道にあると分かるシーンなど、ちょっと笑ってしまうくらいの盛り上がりぶりです。ゼメキス監督は本当に娯楽映画の勘所というのが分かってますね。

さらにジョディがパイロットとして適任かどうか争われる場では、信仰と科学についての問題が取り上げられ、考えさせられます。これだけの娯楽的要素を盛り込みながら、ちゃんと考えさせるテーマも入っているこのバランス感覚は素晴らしいと思います。さらにロマンスもあれば、いよいよ宇宙へと旅立つ瞬間の感慨深さ、そして実際の宇宙旅行中の息をもつかせぬサスペンスと、どこまでこの映画は盛りだくさんなのかと思ってしまいます。極めつけは、これ以上ないくらい美しく描かれた宇宙の描写でしょうか。その光景に心を奪われて語り続けるジョディも美しいです。ただ、ここで一瞬モーフィングによってジョディの顔が少女時代に戻るのですが、これはちょっとやりすぎな演出だと思いました。

そして彼女はかつて少女時代に描いた絵と同じ場所にたどり着きます。インナースペースということなのでしょうか。ちょっとどうにでも解釈できるような展開、というかまあSFにはありがちな展開ではありますが、そこでエリーは死んだ父親に再会するのでした。ここで私はフライング気味にちょっと泣いてしまいました。その父親は、まあ彼女の記憶の中からデータをとって、宇宙人が仮の姿で現れただけでした。ここで禅問答のような会話をして、エリーは地球に戻ってきます。

しかし、彼女が宇宙に旅していたという時間は、地球上の時間にしてほんの一瞬であり、宇宙人とコンタクトしたという彼女の主張は、皆に受け入れてもらえないのでありました。この辺の皮肉な感じは、中盤までにおいてエリーが証拠至上主義のガチガチの科学者であることと相まって実にサスペンスフルです。しかし映画もここに至ると、その長さから疲れてきて、もういいよという人も少なくないようでした。観るのにスタミナのいる映画なのです。結局一緒に持って行った記録用のテープが十何時間も回っているということで、彼女の証言も信憑性があるのでは? と匂わせて、フォローしているのですが、これって原作にもあるのでしょうか。結局それでは証拠がないと信じられないという、それまでのエリーと同じことでしかないと思うんですけどね。救済措置のつもりが映画そのものの主張を薄めてしまっているような気がします。

宇宙人はなぜエリーだけを招待して、証拠も持たせず、またいらっしゃいなどとテストめいたことをしたのでしょうか。本人はテストじゃないと言っていましたが、明らかに人類を試しています。私なりの解釈では、何の証拠もなく、エリーの証言のみを人類が信じることができるのなら、つまりそれだけお互いに対する信頼性を持つほど成熟した種族であるなら、彼らの待つあの場所へ、みんなで行ける日も来るのではないだろうか、と思うのです。それだけにテープの証拠は余計だったかなと思ったわけです。

なんだかこの映画には思い入れが多いので、長くなってしまいました。全く言及できませんでしたけど、マシュー・マコノヒーやジェームズ・ウッズ、ジョン・ハート、トム・スケリット、アンジェラ・バセットなど私の好きな役者がいっぱい出て来るので嬉しい映画でもあります。ああ忘れちゃいけないテロリスト役のジェイク・ビジーもいい味出しています。そうそう父親のデヴィッド・モースも。しかしこうやって並べると凄いメンツですね。この映画はロバート・ゼメキス監督の作品の中でも、特に完成度の高い、素晴らしい映画だと思います。ま一部日本の描写があれなのは突っ込まないでおきましょう・・・。

椿三十郎

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三船敏郎;仲代達矢;加山雄三;団令子;志村喬;田中邦衛 (2007/11/09)
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森田芳光監督でリメイクが作られるという「椿三十郎」です。もちろんこれは「用心棒」の続編なのですが、「用心棒」がハードボイルドなチャンバラアクションであったのに対し、こちらは頭脳戦を軸にしたコメディ風味の映画になっています。なんだかお家騒動で決起した若い侍たちの一団とひょんなことで知り合った三十郎が、彼らを放っておけなくて、いろいろ立ち回るはめになる、というのが物語の骨子です。前作で謎の男だった三十郎(これも本名かどうか分かりませんが)の素性を伺わせるようなセリフとかがあり、さらにキャラが掘り下げられています。

敵方にやはり仲代達矢がいるのがお約束で、彼を含め、三十郎が機転を利かせて敵を煙に巻いていく様子が痛快です。特に味方になった振りをして敵の内部に入り込み、敵の上役に向かって出された使いの者を「二人だけでは危ないだろう、同行する」と外に出て、瞬時に斬り捨てて戻り、何食わぬ顔で、「ほら見ろもう斬られてる」などとやるところは、拍手喝采ものです。この後さらにそれがエスカレートし、捕まった若い侍たちを救出するために、詰め所に残った敵を全員斬り捨てるところは、鬼神のような強さです。相手に戦意がなくとも容赦しません。かなりの大虐殺シーンにちょっと引く人もいるかも知れません。しかしその後で、若い侍たちにビンタし、無駄な殺生をさせるなと怒りを爆発させるところなどは、三十郎自身の倫理観が垣間見えて興味深いところです。彼自身、人を殺めることを望んでいるわけではないのですが、やらねばならぬときは躊躇いもなく徹底的にやる、ということなのでしょう。多くのハードボイルドヒーローに共通した性格であります。

もともとこれの原作となった小説は、主人公があまり強い男でなかったそうで、そのためストーリー的には、立ち回りとかでなく、やはり三十郎の機転で事件が解決したりします。ここで黒澤監督はパートカラーの演出をしたかったそうですが(椿の花を赤くしたかったらしい)、技術的に難しかったらしく、そのアイデアは後の「天国と地獄」に持ち越されることになりました。

そんなわけで楽しくも痛快な大団円を迎え、この映画も終わったかと思いきや、仲代達矢が三十郎の前に立ちはだかるのです。すでに雇い主もお縄にかかり、二人が争う理由は無いのですが、どうあっても納得がいかんので立ち会えというのでした。ここで映画史上に残る決闘シーンが生まれることになります。

ここはとにかく凄いです。お互い刀が届く必殺の間合いで向き合い、永遠とも思われる睨み合いの後、一瞬で両者の刀が閃き、負けた方の胸から滝のように鮮血がほとばしるのです。時代小説や劇画などでしか見られないような、剣豪同士の決闘を、ワンカットで、しかも言葉による解説なしで、表現してしまっています。二人の役者の技量、仕掛けのタイミング、そしてもちろん黒澤監督の演出と、全てがバッチリ決まって迫真のシーンとなりました。今見ても凄いのですから、当時の観客は劇場で声を上げたのではないでしょうか。実際現場でも、噴き出す血のりの激しさに、本当に三船が仲代を斬ったと勘違いした人までいたそうです。

そんなわけで、しかしその後にまた三十郎は若い侍たちに一声かけ、凄惨な決闘の後にもかかわらず、やはり痛快な印象を残して映画は終わります。この明るさは、若い侍の一団にまざった加山雄三や田中邦衛らのおかげかも知れません。本当はもっとくせのある役者さんたちに言及すべきなんでしょうが、本当に際限がなくなってしまいますので、この辺で。
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