ロボコップ
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急に「ロボコップ」のことを書きたくなったので書きます。この映画、今では私の大のお気に入りなのですが、観る前は「こんなの絶対面白くないだろう」と思っていました。ロボコップの造型が嘘っぽいし、監督のバーホーベン?誰それ?みたいな感じでした。本当にごめんなさい。あと少しのところで観ないで済ませてしまうところでした。もしそうだったら私の人生は全く違うモノになっていたと思います。
それなのに観たのですから当時の私はいかに映画好きだったか分かります。これは近未来SFかと思っていたら、それが主たるテーマではありません。いや確かに近未来なのですが、ここで行われている犯罪や社会状況は今のアメリカを少しデフォルメした程度です。デフォルメと言いますか、カリカチュアといった感じでしょうか。警官がストしたり、随所に入るCMなどでブラックなネタが展開され、アメリカ社会の狂っている点を皮肉っていきます。バイオレンスアクションでありながら、全編を通してこの皮肉な視点は貫かれていて、時にはロボコップ自身すら、揶揄の対象に見えます。能天気なアメリカンヒーローものかと思いきやとんでもない映画です。
まず主人公マーフィーがぶち殺されるシーンで度肝を抜かれました。今でこそバーホーベン監督と言えば悪趣味とバイオレンスとブラックギャグの巨匠ですが、当時はそんな知識もありません。オランダ時代の作品も未見でした。そんな私に、マーフィー惨殺シーンは刺激が強すぎたと思います。強すぎて一瞬でこの映画が好きになりました。普通の映画だったらズドンと撃たれて終わりです。それで充分のはずです。しかしここでのマーフィーはまずショットガンで手のひらを木っ端みじんにされます(ここのクラレンスの「ニニニニニ…」が最高)。それから編集ではカットされましたが、腕自体も吹っ飛ばされ、体中に銃弾をぶち込まれます。しかし防弾効果のあるベストを着ているのか、マーフィーはなかなか死にません。そこでクラレンスが頭にトドメの一発をぶち込んでようやく死にます。相当にヒドい仕打ちです。
ここで画面がブラックアウトし、マーフィーはロボコップに生まれ変わります。ロボコップのデザインは第一印象からマンガっぽくて嫌だったのですが、こうして一企業の試作品という設定だと分かると逆にリアルに見えてくるのです。ああ、これでお披露目しようと張り切ってこういうデザインにするよな、企業って。という背景が伝わって来るのです。
ロボコップに生まれ変わってからの活躍シーンとか面白すぎます。もうここまで来ると完全に映画のとりこになっています。この映画を見続けていたい、永遠にこの映画が終わらないでほしいと思いました。ただこの映画の素晴しさはこんなものではありません。この映画の素晴しさはロボの活躍を描くだけではなく、主人公マーフィーが自我を取り戻していくドラマでもあるのです。そして自我を取り戻しても自分はロボであり、人間に戻ることはできないという悲しみを背負ったヒーローのドラマであるのです。
面白いのはこの映画では正義とか悪とかについては語られていません。犯罪と、企業論理と、職務といったポリスものにつきものの言葉で話が進んでいきます。これはヒーローものではなく、あくまでも刑事ものなのです。「ロボコップ」に課せられた制御装置も「良心回路」などではなく、あくまで「企業の役員に逆らうな」という生々しいものです。そこがリアルであり、逆に主人公の悲哀が引き立つというものです。ロボコップは正義のために造られたのではなく、ただ単に効率的だから、ということでロボ警官が商品として開発されただけなのです。だからマーフィーの哀しみと怒りは犯人をぶち殺しても治まることはないのです。
ラストでクビになった役員を撃ち殺すというアイデアも痛快ですが、「いい腕だな、名前は?」「マーフィー」という鳥肌もののやり取りをした社長が2では悪役となって登場してしまうのは少し残念でした。アメコミが元でなく、映画オリジナルのヒーローとして貴重な存在だっただけに、シリーズ化にはもうちょっと気を使ってほしかったなと思います。




